Icelandic Movie Review

第1回「春にして君を想う」※ネタバレ有り

「時は 水のよう、
 水は 冷たく 深い
 私の 意識に 似て。

 時はまた 絵のよう、
 半分は私が 水で描いた。

 時も 水も あてどなく
 意識の 荒涼のうちに
 流れ 染みこんでいく」

 アーザルステイン・クリストムンソン 「時と水」


 あなたは幽霊を、妖精や精霊を信じますか?

 僕は、信じていなかった。この映画を観るまでは。非現実的だし、そんないるかいないか分からない存在を信じても何の意味もないと。でも、日本から遠く離れた、日本より小さな極北の島国では、一部で精霊や幽霊を信じている人達が暮らしているらしい。その国は、アイスランド。僕が観た映画は、アイスランド映画の一つ。「春にして君を想う」だ。

春にして君を想う

 原題は「Börn náttúrunnar」、直訳すると自然の子供たち。凄く素敵なタイトルだし、「春にして君を想う」の邦題もいい。日本以外の殆どの国々では原題のまま公開されているのだけど、日本では全く違う、とても抒情的な邦題が付けられている。
 何だか、夏目漱石のとあるエピソードを思い出した。英語の授業で「I love you」を「我君を愛す」と訳した生徒に、「『月が綺麗ですね』と言いなさい。それで伝わるから」と言ったという逸話。
 母なる自然から生まれた生命。いつかは自然に、故郷に還っていく。島のほとんどが人間の手に触れられずに本来の姿のままで残るアイスランドでは、自然そのものが故郷なのかも知れない。
 この映画の主人公は、ゲイリというおじいちゃん。長年連れ添った妻も逝き、雄大な自然に囲まれて農場で孤独に暮らしている。ゲイリはある日、思い立ったように身辺整理を始める。荷物をまとめ、愛する妻の写るいくつかの写真を燃やし、愛犬を銃で殺す。この映画は、オープニングから死の空気を匂わせて始まるんだ。

 ゲイリは大切な荷物だけを持って家を出る。壁に掛けられている妻の写真と時計を持ち、キリストの絵は置いていく。絵画のような美しい自然の中、バスに揺られゲイリは娘夫婦の住むレイキャビクへ。娘とその旦那と孫の住むマンションに厄介になる。
 しかし、思いっきり厄介者扱いされるゲイリ。孫は猛反発。嫌がらせで大音量でThe Sugarcubes(björkが在籍したバンド)を聞かされるシーンはちょっと笑えてしまう。ゲイリにとってはとても切実なシーンなのだけど…。

 早速娘から相談があり、ゲイリは老人ホームに入れられてしまう。そこは決して雰囲気のいいところとは言えなかった。しかしそこで、同じ故郷の幼なじみ、ステラに出会う。何十年ぶりの再会に、話が弾むと思いきや、ステラはゲイリに「こんなところじゃなくて故郷で死にたい。両親のお墓で眠りたい。ゴミ捨て場の隣の墓地なんてまっぴら」と語る。ステラは人生の終焉に故郷への憧憬を募らせているんだ。
 ゲイリは「所詮人間もゴミだ」と冷淡。自宅での孤独、娘夫婦の家での孤独、老人ホームでも結局は孤独感が拭えない。その表情はちょっとニヒリスティックにも見える。

 その夜、ゲイリの同室の老人が死んでしまう。「こんな無機質な空間で、誰に看取られる事なく、自分も死ぬのだろうか」、おそらくゲイリはこう思ったのではないのだろうか。翌日口座を解約し、「もう使わないから」とお金を全額引き落とす。そして新しい白いスニーカーを自分とステラに買う。その夜、老人ホームを抜け出し、車を盗み、二人は旅に出る。行き先は、二人の生まれ故郷。旅の目的は、生まれ故郷で永遠の眠りにつく事…。

 ここから映画はロードムービーに。世界の果てとも言える極北の大地アイスランド。道中のその景色は荘厳かつ幻想的でとても美しい。捜索する警察と、逃げる老人二人。途中追いつかれそうになるけど、二人の乗る車はふっと消えてしまう。二人は精霊を味方に付けたのか、それとも死の世界に足を踏み込んでいるのか…。
 でも、何だか二人は老人ホームにいる時よりも活き活きとしている様に見える。死に向かって、二人は生き始めたんだ。ネガティヴなのかポジティヴなのか。でもよく考えたら、僕らも一緒だ。死に向かって生きる事。年齢は関係ない。生きる意思を持ち、何かに向かう事。その先には必ず死が待っている。人によって、早いか遅いかはあるけど。

 途中、草のベッドで、淡い月明かりの下眠るシーンが、僕はとても好きだ。ステラはゲイリにこう尋ねる。「あの月と昔見た月は同じ?」ゲイリは答える。「分からん。あれから人間が月に行った。きっと荒れてるよ」これはこれから待っている故郷の事を指しているとも取れるし、大人になり変わってしまった自分の心を指しているとも取れる。月は、どこの国でも自分の憧れや手の届かないものを示す象徴なのかな。

 教会から聞こえる賛美歌に起こされ、二人は故郷を目指し出発。途中車が故障し、徒歩で向かうも、道中トラックが二人を拾う。なぜかラジオからは賛美歌しか流れない。運転手は「聖歌隊がラジオ局を乗っ取ったのかな」と言うのだけど、これは二人に訪れる不思議な出来事の一種なのだろう。二人は死に向かい着々と進んでいるように暗示されている。

 二人は今度は船に乗る。故郷の村に向かう小さな船から、外の霧に包まれた幽玄な景色を見る二人。何と岸壁に裸体の女性がいて、二人に手を振っているのが見える。船の操縦士は「気にするな、ただの幽霊だ」と、さも当たり前のよう。二人はどんどん死の世界に向かっている。

 やっと村に着いた二人。人は住んでない、荒廃した村はもはや自然の一部だ。民家に入り、暖炉で暖を取る。ゆらめく炎を見ながら、外に出て美しく咲く花々の香りを嗅ぎながら、ステラは甘美な思い出の世界に浸る…。

 この場面がとても切なく、心が締め付けられてしまう。ステラは幸せそうに微笑むのだけど、その表情はどことなく悲しげ。懐かしい、若かった頃の思い出が、幸せだったころの思い出がフラッシュバックする。今はもう失ってしまった、輝かしい時間。慎ましやかな、母なる自然との暮らし。

 翌朝、ゲイリは目覚めると、砂浜でステラが永遠の眠りに就いているのを見つける。安らかに眠るステラ。指の間を流れる砂が、とても美しく印象的だ。
 ゲイリはステラのために丁寧に棺桶を作り、ステラを棺桶に収め、教会近くの墓地に引きずって行く。ここの情景も非常に美しく、目に焼き付いて離れないほど。彼はステラを両親の墓の隣に埋め、一人で賛美歌を歌う。ここでのゲイリの絶唱を聞いた時、僕は涙が止まらなかった。胸が締め付けられて仕方なかった。

 そして彼は荒れ果てた教会の中へ。するとそこに一人の男が。なんとブルーノ・ガンツ演じる天使が登場。これはヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』の唐突なオマージュ。「お前天使辞めて人間になったんじゃないのか!」とツッコミたくなるけど、まぁそれはいい。天使は何も言わず、ゲイリの肩に優しく手を置く。

 そこに捜索隊がヘリで到着。ゲイリは構わず捜索隊に背を向け霧の中に歩いて行く。捜索隊が見つめるなか、ゲイリの姿は霧の中にふっと消えていく…。

 この映画は何と最初の10分と村についてからの最後の15分に、一切セリフがない。映画を通して、セリフは極限に抑えられ、ワンカットも長めに撮られているんだ。まるで、1篇の映像詩を見せられているよう。この映画で描かれる美しさは、色彩豊かな花々が咲き乱れるような美しさではなく、地球のありのままの姿、厳しさと荘厳さがそこにはあり、畏怖の念を抱いてしまう美しさだ。

 フィルムの質感や北欧が舞台ということがあり、何となくアキ・カウリスマキの映画を思わせるのだけど、オフビートな笑いは無い。どちらかと言うと宗教的な側面と幻想的な風景描写はアンドレイ・タルコフスキーの映画に近い印象。

 アイスランドは詩や文学など、古代~中世の文化が非常に豊か。エッダやスカルド詩、サガなど非常に多くのものが残されているんだ。そんな風土で生まれ育った監督だからこそ、こんなにも美しい寓話が出来たのだろう。図書館によっては、アイスランドのサガが置いてあるだろうから、借りて読んでみてはどうだろうか。描かれているのは人々の暮らしや血なまぐさい英雄譚、ロマンチックな悲恋の物語など。昔から人間が考えていることは変わらないことが分かるよ。

 この映画を観終わったあと、僕は何だか救われた気持ちになった。ちょっと悲しい結末なのに。いや、果たして本当に悲しい結末なのだろうか。
 二人は目的を果たすことができた。心に報われることのない孤独と故郷へのやるせない憧憬をしまいこんだまま生きるより、自分の足で故郷に辿り着き、母なる自然の中で、心のふるさとの中で眠る方が救われているのではないだろうか。まぁ、どっちが正しいなんて無いのだろう。さしずめ答えは、風の中。いや、霧の中。かな。

 もう一つ、不思議な現象や幽霊が当たり前に登場するこの映画を観て、変に現実主義、唯物主義じみていた僕の心がほぐれた気がする。僕がこの映画を観て思ったのは、妖精や精霊、目に見えないものを信じる事はとてもロマンチックで、生きることを豊かにするじゃないか、ということ。

 目に見えないものを受容する、寛容さ。良く考えてみれば、映画だって作られた虚構の世界。実在しない世界。それを信じてる僕は既に実在しないものを信じてたんだ。何だか、心に風が、アイスランドの冷たい風が吹いたようだ。でも、それと同時に深い霧も広がった。その深淵を覗くのはちょっと怖いけど、見たことも無い美しい世界がそこにある気がする。

 僕はアイスランドのサガを読みながら、アイスランドで生まれた音楽を聞いていた。目を閉じたら、いつの間にか夢の中。そこは荒涼たる、地球のありのままの姿とも言える雄大な岩山に囲まれた寂寞とした世界。頬に突き刺さる様な風。まるで鏡の様な湖にかかる橋の上には、1000年前から住み始めた妖精が。挨拶を交わし、いつか会おうね、と僕は夢の中でその妖精と約束をした。

ライター:石倉康司

Director

Friðrik Þór Friðriksson

Cast

Gisli Halldorsson、Sigridur Hagalin

Data

原題:Börn náttúrunnar
公開年:Iceland:1991年/日本:1994年

2015年09月06日(日) 投稿者:vitinn admin