Icelandic Movie Review

第5回「YARN 人生を彩る糸」


28459640_864128317081000_883985182_o『YARN 人生

を彩る糸』は、見過ごしがちなその普遍性に気づかされるとともに、糸を紡ぐという行為の深さ、そして表現としての編むという行為の新しさについて教えてくれる、ドキュメンタリーとしてとても優れた映画だ。

 『YARN 人生を彩る糸』は、世界各地で活動している4組のクラフト・アーティストの姿や言葉を追うドキュメンタリー映画。この映画の冒頭は、とても印象的な言葉から始まる。

 「すべての始まりはもちろん羊と草。地球は気を揉み、夢を見ながら、黙って編み物をする」

 アイスランドの厳しくも美しい、荒野。そこにたくさんの羊がふかふかの毛を風になびかせている光景からこの映画は始まる。この素晴らしいカットは、多くの人の目に焼きつき、心に深い印象を残すのではないだろうか。ナレーションは、小説家であり詩人のバーバラ・キングソルヴァー。自身の小説『始まるところ』から引用した言葉を朗読しながら、この映画は進む。優しく柔らかな詩情に溢れた言葉たち。それらを聞きながら美しく紡がれた作品を見ることも、この映画の見所のひとつだろう。

 編み物は、『女性』が行う事で、軽視されがちであり、簡単にいうとナメられている(そんな事はないとは思うけど)。クラフト・アーティストたちにはこう言った思いをバネに作品を作っている、という人もいるようだ。フェミニストである方も多く、クラフトアートを通じて社会にメッセージを投げかけることが、意義のひとつである事は間違いない。

 しかし、僕が印象的だったのは、そういったメッセージから少し離れた部分。糸を使ったコンテンポラリー・サーカスだ。やわらかな糸は、編まれることでしなやかな強さを持ち、

人間をいつも簡単に支える。パフォーマーのアレックスは、映画の中でこんな事を言う。「糸はいろいろなものの象徴であり、人生のメタファーだ。単なる1本の糸でもあり、もつれあうこともある。整然とした模様にも入り組んだ模様にもなる」そう、糸は、紡ぐという行為は、様々な物事のメタファーとして使われる。僕が感じた普遍性はここにあった。そもそも『編む』を辞書で引くと、こう記されている。

①糸・竹・髪の毛など細長い物を,結び合わせたりからみ合わせたりして,一つの形ある物を作り上げる。

②文章を集めて本を作る。編集する。

③いくつかの物をまとめて一つに組織化する。編成する。

 こうやって言葉を連ねることも「編む」と言う。人と人を繋ぐものも、糸と表現する。運命の赤い糸、とも言う。なんてロマンチックで素敵な言い回しだろう。

 編みものの歴史は古く、なんと旧石器時代まで遡るそう。この映画でも、アイスランドのクラフトアーティスト、ティナは「羊とともに生きてきた」と語る。羊は食肉にもなるし、

その柔らかな毛は暖かい衣服にもなる。厳しい自然で生き抜くには、編むという行為は必要不可欠。食事と同じくらいに。編むという行為は、人間にとってプリミティブな行為であり、遺伝子に深く刻み込まれている。僕はそう思う。

 この映画を観ると、編み物をしている人たちは、ただ単に糸を編んで作品を作っているだけじゃない。自分の気持ちや思想を編み、その創作物を、世界に、人々の心に編み込む。そうすると、人と人の間に関係性が生まれる。そうやって紡がれた糸は、世界中に広がる。よくよく考えると、これは、編み物の話だけじゃない。僕たちの生活にも言える事だ。言葉を編む。音を編む。色を編む。食材を編む。そうやって自分と誰かの間に糸を紡ぎ、人は生きている。

 それを真正面から体現している、この映画の4組のアーティストは、皆キラキラと瞳を輝かせ、楽しそうに生きている。人が周囲に集まり、観ていると、自分もこうなりたいという思いが湧く。勇気が出てくる。彼女らのエネルギーが、自分に伝わってくるのがわかる。彼女ら思いが、自分に編み込まれていくのが分かる。 僕は、世界中で活動する彼女らを観ていて、ドキュメンタリーだという事をすっかり忘れていた。なんだか、物語を、面白い冒険話を観ているような、不思議な感覚だった。そう、まさに『YARN』という言葉を、二つの意味で受け取っていたのだ。

この不思議な体験を、ぜひ味わってみてはいかがだろうか。

Director

Una Lorenzen

Cast

Olek
Cirkus Cirkör
Tinna
堀内紀子

Data

原題:YARN
制作年:2016年

2018年03月04日(日) 投稿者:vitinn admin