Icelandic Movie Review

第4回「ハートストーン」


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恋というものは、とても辛いものだ。誰かの事を思い、胸が苦しくなる事や、報われない思いに涙を流す事は、多くの人が経験した事があるんじゃないだろうか。それでも、恋というものは、とてもいいものだ。誰かを好きなり、相手の事を想像する。暖かく幸福な気持ちになる。世界が、とても美しく煌めいて見える。恋慕する相手と接する事は、何にも変えがたい喜びだ。


 でも、ある場合においてはそんな恋心を隠さなくちゃいけない事がある。そんな時代があった。場所があった。いや、現在進行系で、そんな悲しい事が起こりうる。『ハートストーン』は、そんな悲しい恋を描いた映画。そして恋を通して見えてくるものは、自分のアイデンティティとは何だろう?美しいとは、醜いと何だろう?という問いかけだ。


 この映画は、監督のグズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンが、幼い頃に過ごした漁村での経験が元になっている。登場人物は、実際の友人や家族がモデル。劇映画というものはそもそも虚構の世界だけれども、この映画は作られた物語を通して切実に現実を、リアルを強く映し出している。


 『ハートストーン』を語る時に、必ずしも挙げるであろう、LGBTQという単語。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスセクシュアル、クィアの頭文字からなるこの言葉は、日本においてはまだまだ広まってないのかな、という印象。しかし、昨今世界では俗にいうLGBTQ映画は続々と制作され、数々の映画祭を賑わせている。2017年度のアカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラが素晴らしい演技をみせた切ないメロドラマ『キャロル』、自らゲイである事をカミングアウトした若き天才、グザヴィエ・ドランが詩的な映像で彩ったラブストーリー『わたしはロランス』などなど。


 しかし、セクシャル・マイノリティの歴史を紐解いていくと、彼ら、彼女らは不遇の、生きにくい世界で生きていた事がありありとわかる。ちなみにアイスランドは1940年と、早い段階で同性愛を非犯罪化している。そして2009年~2013年にアイスランドの首相を勤めたヨハンナ・シグルザルドッティルは、レズビアンであり、世界初の同性婚をした国家首脳。アイスランドは世界でも指折りのLGBTQに優しい国だという。なんてリベラルで素晴らしい国だろう。


 そんなアイスランドですら、場所によってはLGBTQにとって厳しい状況だったという事が『ハートストーン』で描かれている。


 まずこの映画を観て驚いたのは、冒頭から死や破壊が象徴的に描かれていること。そうありたい自己と、現実の自己との間の苦悩、自分は一体何者なのか、そしてこれから何者になるのかが定まらないもどかしさ。思春期の少年たちは、溜まりに溜まった行き場のない感情を破壊的に発散しているかの様だ。そんな時に頼るべき大人との断絶により、ある悲しい事件に向かってこの映画は進んでいく。


 それでも、主人公のソールとクリスティアンをはじめとする少年少女達の繊細な表情は、思春期のイノセントな輝きをこれでもかと体現している。誰でもそうだと思うけど、思春期は思い出すと痛々しい思いで胸が苦しくなる反面、あの頃の体験や感情は今では捉えられない輝きを持っているはずだ。この映画を観ると、誰もが自分の思春期を思い返すのではないだろうか。そして、チクっとした胸の痛みと共に、もう二度と訪れる事のない時代である事を確認し少し寂しい気持ちになると思う。そういう意味では、前回紹介した『スパロウズ』と似ている部分がある。


 ただ、後半、クリスティアンが抱える孤独や苦悩、傷ついた心が抱える痛みは、簡単に共感できるものではない。真夜中、厩舎でのクリスティアンの慟哭を聞いた時に僕は涙が止まらなかった。今でも、思い出すと胸が苦しくなる。


 でも、僕はこの映画は希望を持たせて終わっていると思う。醜さの象徴とされ、冒頭で無残に踏み潰されたカサゴは、ラストシーンでどうなるか。僕はこの結末の描き方に希望を感じた。彼はこれからの人生を、大海原を自由に泳ぐ様に生きる事ができるだろう。そう思う。


 


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 アイスランド映画を観た時に、誰もが語る、雄大な自然の美しさや登場人物の顔立ちの美しさ。僕は、この映画で本当に美しいのは、それらじゃないと思う。この映画で一番美しいのは僕はクリスティアンの恋心だ。美しさは、表面的な見てくれの事だけを示すものじゃない。美しさは時に危険を孕み、罪を作る。間違いを犯す。それでも、誰かの事を愛する無垢な思いは、僕にとっては何にも変えがたい美しいことだ。性別の違いや、表象的な美醜なんて、なんの意味があるのだろう。


 人間の弱さや愚かさ、強さや美しさを、切実なリアリズムを持って描いた『ハートストーン』は、おのれのセクシャリティに関係なく、心を揺さぶる映画であることは間違いない。初の長編でここまで凄みのある映画を撮った、グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソンは今後も要注目の監督の1人ではないだろうか。


 


ライター:石倉康司
挿絵:夏目麻衣


 


Director

Guomundur Arnar Guomundsson

Cast

Blær Hinriksson、Baldur Einarsson、Diljá Valsdóttir、

Data

原題:Hjartasteinn
制作年:2016年

2017年09月28日(木) 投稿者:vitinn admin