Icelandic Movie Review

第3回「スパロウズ」

北欧ならではの映像美で、非常に完成度の高い映画を連日上映する『トーキョーノーザンライツフェスティバル』。今回紹介するのは、この素晴らしき映画祭で上映されていた『スパロウズ』という映画。監督はアイスランドの新鋭、ルーナ・ルーナソン。

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 青春映画、というジャンルがある。大人への通過儀礼を描くこの種の映画は、主人公がどこかに放り出され、挫折を経て大人に一歩近づくというのが、一応よくあるプロットだ。ちょっと省略しすぎだけども。これはキリスト教圏の文化が根付いた欧米ではとてもポピュラーで、多くの青春映画はこのプロットに則って作られる。しかし、そんな映画が沢山作られてくると、今度はただの青春映画じゃない、一風変わった映画が作られるようになる。特に70年代、アメリカン・ニューシネマの時期にはアンチハッピーエンドの青春映画も多い。

 『スパロウズ』は、一風変わった方の青春映画だ。そして、確実に観た人の心に残り、答えなき問いかけを投げかける傑作だと僕は思う。

 アイスランドの雄大な美しい自然。多くのアイスランド映画では、この畏怖すら覚える情景が効果的に使われる。しかし、『スパロウズ』ではその自然は少し違った意味を持って描かれる。スクリーンに映される光景は、どんよりとした曇天。重くのしかかる、灰色の空。主人公のアリは、美しく澄み切った歌声を持つ少年。彼は家庭の事情で嫌々ながら引っ越す事になる。行く先は、母と離婚した父の住む漁村。幼いころを過ごした田舎町だ。アリを乗せた飛行機は、灰色の雲が敷きつめられた空に向かって消えてゆく…。その空は、アリの憂鬱な心情を、これから先に待ち受ける運命を映し出しているようにも見える。

 美しい自然に囲まれた、静かに時が流れる田舎町。ビルなんて1つも無い。あるのは、海。山。だだっ広い道。工場。草むら。小さな学校。不思議と、周囲の自然が雄大であればある程、この町の閉塞感が浮き彫りになる。この映画のロケ地は、スズレイリという町で、アリが住んでいたレイキャヴィクから遠く離れた場所にある。美しい景観を持つ漁村だけど、この映画だと殆ど曇り空で、重苦しい空気と閉塞感を匂わすよう、撮影されている。

 そんな北の最果てでアリを迎えに来た父は、男やもめという言葉を絵に描いた様な、コワモテの男だ。アリと父は折り合いが良く無い事が2人の会話から伝わる。

 映画の序盤、アリの弱さ、非力さ、子供である事がこれでもかと描かれる。コーヒーを勧められ、「飲まない」と断る。本当は「飲めない」のだろうけど。食事の時にアリが飲んでいるのは、真っ白なミルク。『ローマの休日』で使われた様に、ミルクは子供である事の象徴だ。ある時は、幼馴染の少女ラウラの彼氏に殴られ、のされてしまう。仕事をしても、「女の子並の腕力だ」と言われる始末。

 アリの父は酒好きで、しょっちゅう家で爆音で音楽を流し友人と飲んでいる。この辺境の田舎町の娯楽は、酒、セックス、狩りくらい。家はタバコの煙がもくもくと立ちこめる。まるで空を覆う曇天の様な、重苦しい灰色。家でも外でも居場所が無いアリは、せめ立てる灰色から逃れ、昔住んでいた生家に行く。そこには壁一面に、淡い色で優しい動物の絵が描かれていた。アリは幼き日のノスタルジアに浸り、胎児の様にそこで眠る…。

 そんなアリも、友人が出来、また仕事で給料を貰い、コーヒーを飲み、徐々に大人になっていく。そんな中、大きな暗いタンクの中でアリが賛美歌を歌う描写がある。その場面の静謐な美しさといったら。本当に素晴らしいシーン。こんな映像、見たことない。アリの声は天からの恵みなのだろう。段々と状況はよくなるのか?と思うのもつかの間。

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 物語が動き出すのは、とある人物の突然の死がきっかけだ。失意のアリに寄り添うのは、幼馴染のラウラ。そして、荒涼とした厳しい自然だ。その自然を前に、アリは命の儚さや孤独を知る。まるでトーマス・マン『魔の山』の主人公、ハンス・カストルプの様に。

 ここからの展開が、本当に陰惨で。憂鬱や諦念に蝕まれたアリは、考えうる最も最悪な形で童貞を失う…。でも、同時にこの場面がブラックユーモアに溢れて笑えるのだから凄い。この映画は、色んな所にブラックな笑いや可愛らしいユーモアが散りばめられているのも魅力の一つだ。庭で父と二人風呂に入る場面、父が友人と風呂に入る場面など、思わず「いいなぁ」とほっこりしてしまう描写も。

 そして、アリは幼馴染の少女ラウラと急接近し、一夜を共に出来る状況まで漕ぎつける。ラウラとドラッグをビールで流し込み、さて、本当の初体験だ…。

 青白い夜明け。まだ仄暗い部屋の中、床で眠っているアリ。意識が朦朧としている様だ。重いまぶたを何とか開き、見た光景。涙がにじみ、頬を伝う。言葉にならない嗚咽。ラウラが、考えられる最も最悪な形で、処女を失っている。僕は観ていて本当に辛かった…。僕がアリだったら正気じゃいられない。きっと。しかし、そのあとにとったアリの行動。僕は泣けてしかたなかった。アリはもう、ひねくれた弱々しい孤独な少年じゃない。優しく、強く成長したんだ。

 そう思った僕はラストカットに驚いた。あれは、どういう事だろう。言葉では語られない。アリの所作や表情で答えを考えなければならない。僕は呆然として、静かに流れ行くエンドロールを眺めていた。

 今だにラストカットの意味は、答えが出せない。でも、確実に言える事がある。アリは痛みを知った。優しさを知った。死を知った。罪を知り、愛という存在を意識したのだろう。少年は大人に近づいた。苦々しすぎる思いと共に。これは、アイスランドという極北の島国の出来事じゃない。世界中どこにでも起 こる、大人への通過儀礼だ。ちょっと辛すぎるけどね。でも、誰でも苦々しい思いと共に、大人になっていくものじゃないか?それは日本だろうがアイスランドだろうが、変わらない。
 それでもあまりに悲しすぎないか?アリはトラウマを植え付けられて閉塞感に苛まれて生きていくのか?その答えは、分からない。でも、僕は思う。痛みや悲しみ、優しさや愛を内包したアリの歌声は、さらに強く美しく、悠大な大地に響くだろう。灰色の雲間から射す、ひとすじの暖かな光の様に。その澄み切った天使の賛美歌は、醜悪な世界に恩寵の光として降り注ぎ、同じように傷ついた魂を癒すのだ。

 この映画を観終わると、誰もが自分の10代の頃を思い出すのではないだろうか。僕はというと、アリほどまではいかないけど、それはそれは辛い思春期だった。あの時代が土台となって、今の自分があるのは間違いない。と、いうより誰でも辛い思い出はあるはずだ。報われない思いを抱いて、大人になっているのだろうし、報われない思いを受け入れて生きる事が、大人への一歩なのだろう。

 個人的に、決してキラキラしてない、ハッピーエンドで終わらない青春映画は大好きだ。『真夜中のカーボーイ』『ウィズネイルと僕』『ゴースト・ワールド』『汚れた血』などなど。挙げればキリがない。『スパロウズ』も、これらの映画に肩を並べるほど、僕にとって愛すべき作品。今後日本公開されたら、是非とも観て欲しいです。

 最後に、余りメディアに取り上げられてないこの映画や監督だけど、幾つかのインタビューを訳して、印象に残ったものを掲載しておく。

ースパロウズというタイトルを選んだのは、なぜですか?
「元々、仮のタイトルとしてつけたのですが、主人公の歌う若い男の子に擬えています。雀も彼も小さくて美しい。私は、雀について調べたところ、雀は多くの宗教で頻繁に比喩として使われていることが分かりました。
特に、キリスト教では聖書の中で雀は、純粋さ、移行、若さのメタファーとして使われます。これらの要素は全て映画の主題と結びついているのです。」


—スパロウズの世界観はとても厳しく描かれています。実際は、そこまで暗くはないと思うのですが・・・・
その世界観はあなたの人生観からくるものなのでしょうか。

人々は、人生を通して打ち勝つべき障害があることを気付かなければならなず、大小様々な悲劇があなたを襲うに違いありません。でも、ひどい出来事ではなく良い出来事を覚えておくべきです。物語の中で1つか2つの出来事にあなたは衝撃を受けたと思うが、私が注目て欲しいのは、むやみにショックを受けることではなくて、酷い仕打ちの後に人々が感じる美しさです。ハリウッドの映画のように見る人に全てが素晴らしいことと思わせるのは間違いだし、アートシアターが描いているように人生は救いようのない地獄でもないのです。どちらも正しくありません。あなたが人生の深淵に落ちたあと、あなたはなんとか立ち直り太陽はまた輝くでしょう。いつでも、望みはあるのです。諦めるべきではない。

ーあなたに影響を与えた映画監督はいますか?
もちろん。16歳の時にアンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』を観て、自分の中の何かが変わりました。2年に一度その映画を見ていますが未だに理解できません。時間が経つに連れて大きな影響を彼は私に与えてくれ、素晴らしいインスピレーションの源なっています。
他にも、素晴らしいドイツ人監督のアンドレアス・ドレーゼンのヒューマニスト的アプローチ、ベルイマンのドラマの登場人物のための純粋な愛と敬意。
それら全てはなんらかの形で僕に影響を与えてきました。
私の作品にまだ、独自性が残っていればいいなと思うほどです。

(引用元:ScreenAnarchy/Warsaw 2015 Interview: SPARROWS Director Rúnar Rúnnarson On Finding God In The Sins of Men)
(引用元: cineuropa interviews Rúnar Rúnarsson • Director by Fabien Lemercier)




ライター:石倉康司
挿絵:夏目麻衣

Director

Rúnar Rúnnarson

Cast

Atli Oskar Fjalarsson、Ingvar Eggert Sigurðsso、Rakel Björk Björnsdóttir

Data

原題:Þrestir
公開年:2015年

2017年04月17日(月) 投稿者:vitinn admin