Icelandic Movie Review

第2回「ひつじ村の兄弟」

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 いい映画とは、どんな映画だろう。人それぞれ定義があるし、明確な正解なんてないのかもしれない。僕にとっていい映画の定義とは、「問いかけ、答えない映画」だ。映画はただ僕らに対して問い かけるだけ。答えは僕らが自分で考えなければいけない。そうすると、映画が終わってもその映画は僕達の心の中に生き続ける。目を閉じれば映画の中の世界が映し出されて、登場人物と一緒に生きているような感覚が起こる。そういう映画は僕達の人生を豊かにしてくれると、僕は思う。

 2015年、アイスランドから届いた「ひつじ村の兄弟」は、まさしくそんな映画。映画が終わった後も心に消える事のない余韻を残す傑作だ。

 この映画は、最高峰の映画祭であるカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門で大賞を受賞した。この普遍的で美しい寓話を作ったのは、まだ長編を2作作ったばかりの新進映画監督グリームル・ハゥコー ナルソン。生まれも育ちもアイスランドの映画監督だ。

 老兄弟が主人公の映画、と聞いて真っ先に思い浮かぶのはデヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」。暖かみのある「ストレイト・ストーリー」は、闇を描くリンチ映画の中ではちょっと特 異な位置に属する映画だ。「ひつじ村の兄弟」もそんな暖かい話だろうと思っていた。原題は「RAMS」、邦題が「ひつじ村の兄弟」。北欧の壮大な景色の中で描かれる、暖かく可愛らしい物語だと。

 最初のシークエンスが映しだされた瞬間、僕は期待の裏をかかれた事が分かった。スクリーンに映し出されたトーンは暗く、これから起こる悲劇の予感を感じさせるものだったんだ。しかし、やや暗く作られた映像といえどアイスランドの荘厳な風景は、畏怖さえ感じさせる美しさ。羊は思わず手を伸ばしたくなるほど可愛い。僕は開始5分で映画の世界に魅せられてしまった。

 舞台はアイスランドの人里離れたとある村。そこで暮らす老兄弟のグミーとキディーが主人公だ。二人は隣に住んでいるのにも関わらず、絶縁状態にある。なんと40年間も口を聞いてないんだ。必要な時は牧羊犬に手紙を運ばせる始末。話は変わるけど、この牧羊犬がとても賢くて可愛い!このあたりも一つの見どころなのではないだろうか。二人の性格は対照的で、兄のキディーは直情型で酒飲みで暴走しがち。弟のグミーは思慮深く冷静でクレバー。二人の確執の原因は直接は語られない。この辺りの説明過多にならず、こちらの想像力に物語を補完させる方法など、非常に巧みだ。

 この村の殆どの住人は牧羊で生計を立てている。羊は住人にとって命に等しく大切な存在。アイスランドの羊はアイスランディックといって、世界最古の品種らしい。ヴァイキングが9世紀にアイスラ ンドに持ち込み、厳しい風雨や雪の中で繁殖した羊は、厳しい自然環境にも耐えうる体質を持つようになった。アイスランドの人々は、「世界一長い毛足と軽い羊毛を持っている羊」と自慢するくらい。

 グミーとキディーの羊は、品評会で1位と2位の上位を独占するというトップの中のトップの羊だ。そして羊は家族がいない二人にとって、子供の様に愛する対象でもある。しかし、そんな羊にある悲劇が襲いかかる。キディーの羊が疫病に侵されてしまうんだ。ここから、物語は動きだす。疫病が広がるのを防ぐために、羊は全て殺処分しなければならない。先祖より受け継いできた、最高の品種で あり、愛する家族の一員でもある羊を全て殺さなければいけないんだ。この兄弟は、一体この事態に対しどう対処するのか…。大きな見どころの一つだ。

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 この後の兄弟のやりとりにはちょっとしたユーモアも散りばめられて、思わずクスっと笑ってしまう瞬間も。サスペンスフルなシーンもあり、娯楽作品としても楽しめる様に作られている。また、この映画の舞台は非常に限定されていて、グミーとキディーの家と少しだけ離れた所にある街だけというミニマルな構成。登場人物もとても少ない(羊は沢山いるけど)。この映画は基本的にグミーの視点で物語が進んでいくのだけど、突然グミーの視点から離れて荘厳なアイスランドの風景が遠景で映しだされる。この画の美しさといったら。悲劇的な物語とのコントラストも相まって僕は涙が出そうになってしまった。

 物語の中盤、グミーがキディーの部屋に行った時にある写真を見つける。そこにはキディーのグミーに対する本当の気持ちが表されていた。そうやってセリフではない要素で、さりげなく人物の内面を考えさせる思考の種が埋めてあるのは本当に素晴らしい。そうやってこちらの想像力をかきたてるこの映画は、自然と能動的に観る事になるはずだ。そうするとどうなるか。まるで自分が村の住民の一員になってしまった気がするんだ。僕達はグミーとある秘密を共有する事になる。そしてその秘密はキディーにも知られ、二人を40年間断絶していた壁が壊される事になる。その秘密を守るために、自分達の大切なものを守る為に、二人はある行動をとる。霧の中に消えていくグミーの姿。この描写が何を意味するか…。

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 そして映画を観た人が誰でも口にするだろう、衝撃的かつ感動的なラストシーン。大きな問いを僕らに投げかけて、映画は終わる。この映画が僕にくれた問いかけ。それは、人の幸せとは何だろうという事だ。この映画は、人の幸せを問う普遍的な寓話なんだ。

 僕は考えた。もし、羊が疫病にならず、このまま何も変わらないままで生きていたら、グミーとキディーはどうなっただろう?どうやって人生を終える事になるだろう?疫病という悲劇はあったけど、その結果最後の最後で兄弟はどうなったか…。どっちが幸せなのだろう。…どうやら簡単に答えは出せないみたいだ。

 この映画は冒頭に書いた様な、観た後も心の中に生き続ける映画になるはずだ。凸凹の老兄弟と、ふかふかで愛らしい羊たち、賢い牧羊犬、二人の家の可愛い家具、そして美しいアイスランドの風景。この映画を観た僕達は、これら全てと共に、これからの人生を生きる事になるのだろう。何より、大きなスクリーンで観たアイスランドの美しい風景は、暫く目に焼き付いて離れそうにない。この作品は、今、劇場で観る価値のある映画であることは間違いないはずだ。

ライター:石倉康司
挿絵:夏目麻衣

Director

Grímur Hákonarson

Cast

Gisli Halldorsson、Sigridur Hagalin

Data

原題:Hrutar
公開年:2015年

2016年01月10日(日) 投稿者:vitinn admin